先日に引き続き憲法改正について。ちょっとくどいと思われるかも知れませんが,大事なことです。先日のブログでは,何故今時憲法の改正などを検討するのか,ということを述べましたが,ここではどういう改正が検討されているのか,について述べてみたいと思います。先日も引用しましたが自民党の憲法改正案。http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf正直私もまともに検討をしたのは今回が初めてなのですが,これは極めて危険なものだと思います。よく新聞等で取り上げられるのは,9条の平和主義及びこれに関する国防軍の創設についてで,これについては賛否分かれると思いますのでここではあえて取り上げません。問題は改正案12条,13条以下の人権の擁護規程です。これまでの日本国憲法では,基本的人権は擁護されるとしつつ,「公共の福祉」に服するものとされていました。ここでいう公共の福祉とは,「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」とされ,全ての人権に内在的に存在する,とされています。例えば表現の自由という権利がありますが,何の根拠もなく他人を誹謗中傷することは刑法の名誉毀損罪等に該当する可能性があります。これは他人を誹謗中傷する表現を無制限に認めたら,その相手方の人権を毀損することになるので,それを公共の福祉により制限した,といえるでしょう。いわば「公共の福祉」で基本的人権を制約する,といってもごく当然のことに過ぎないのです。ところが自民党案によると,「公益及び公の秩序」に基づき,基本的人権を制限できるかのような文言が入っております。この点確かに「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」とは似た表現に見えるかも知れません。しかし「公益及び公の秩序」とは前述した「公共の福祉」,すなわち人権相互の衝突の場面だけではありません。例えばある人が「現在の原発政策はおかしい。即刻原発は廃止するべき。」と発言したとしましょう。現在の自民党は原発容認のようですので,原発容認派の立場からしたら,このような発言は好ましくありません。そこで「原発を維持して電気を確保する」という「公益」によって,前記発言をやめさせると言うことすら出来かねません。またそれを裏付けるかのように自民党案21条2項は,「公益及び公の秩序」に反する表現,結社を禁止し,また緊急事態の時には緊急事態宣言を発して国民の権利を制限できる規定もあります(自民党案98条)。つまり自民党の考えている憲法改正が実現してしまった場合,国民の権利義務を国家が考える「公益及び公の秩序」で制限できる,とするもので,極めて危険なものと言わざるを得ません。これでは人権を「法律の留保」つきで制限できるとした大日本帝国憲法と大差ないのではないでしょうか。確かに最近の人たちには権利ばかりを主張し,義務を負担しようとしない傾向があり,その点に警鐘を唱えたい,というなら分からないではありません。ただ先月のブログ「違憲審査権」において述べたとおり,今の議員さん達は自らの都合ばかりを考えて,憲法や人権の重要性が分からず,自らに都合の悪いことを国民一般に押しつけるためにこのような事をしているように見えてなりません。またこのようなことを国民一般が望んでいるとも到底思えません。前回も言いましたが,現在やるべき事はもっとたくさんあるはずです。もう少し考えていただきたいものだと思います。
先日に引き続き憲法改正について。
ちょっとくどいと思われるかも知れませんが,大事なことです。
先日のブログでは,何故今時憲法の改正などを検討するのか,ということを述べましたが,ここではどういう改正が検討されているのか,について述べてみたいと思います。
先日も引用しましたが自民党の憲法改正案。
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf
正直私もまともに検討をしたのは今回が初めてなのですが,これは極めて危険なものだと思います。
よく新聞等で取り上げられるのは,9条の平和主義及びこれに関する国防軍の創設についてで,これについては賛否分かれると思いますのでここではあえて取り上げません。
問題は改正案12条,13条以下の人権の擁護規程です。
これまでの日本国憲法では,基本的人権は擁護されるとしつつ,「公共の福祉」に服するものとされていました。
ここでいう公共の福祉とは,「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」とされ,全ての人権に内在的に存在する,とされています。
例えば表現の自由という権利がありますが,何の根拠もなく他人を誹謗中傷することは刑法の名誉毀損罪等に該当する可能性があります。これは他人を誹謗中傷する表現を無制限に認めたら,その相手方の人権を毀損することになるので,それを公共の福祉により制限した,といえるでしょう。
いわば「公共の福祉」で基本的人権を制約する,といってもごく当然のことに過ぎないのです。
ところが自民党案によると,「公益及び公の秩序」に基づき,基本的人権を制限できるかのような文言が入っております。
この点確かに「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」とは似た表現に見えるかも知れません。
しかし「公益及び公の秩序」とは前述した「公共の福祉」,すなわち人権相互の衝突の場面だけではありません。
例えばある人が「現在の原発政策はおかしい。即刻原発は廃止するべき。」と発言したとしましょう。現在の自民党は原発容認のようですので,原発容認派の立場からしたら,このような発言は好ましくありません。そこで「原発を維持して電気を確保する」という「公益」によって,前記発言をやめさせると言うことすら出来かねません。
またそれを裏付けるかのように自民党案21条2項は,「公益及び公の秩序」に反する表現,結社を禁止し,また緊急事態の時には緊急事態宣言を発して国民の権利を制限できる規定もあります(自民党案98条)。
つまり自民党の考えている憲法改正が実現してしまった場合,国民の権利義務を国家が考える「公益及び公の秩序」で制限できる,とするもので,極めて危険なものと言わざるを得ません。これでは人権を「法律の留保」つきで制限できるとした大日本帝国憲法と大差ないのではないでしょうか。
確かに最近の人たちには権利ばかりを主張し,義務を負担しようとしない傾向があり,その点に警鐘を唱えたい,というなら分からないではありません。ただ先月のブログ「違憲審査権」において述べたとおり,今の議員さん達は自らの都合ばかりを考えて,憲法や人権の重要性が分からず,自らに都合の悪いことを国民一般に押しつけるためにこのような事をしているように見えてなりません。
またこのようなことを国民一般が望んでいるとも到底思えません。
前回も言いましたが,現在やるべき事はもっとたくさんあるはずです。
もう少し考えていただきたいものだと思います。